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2010年8月16日月曜日

池上彰の戦争を考える



終戦から65年。終戦の日を迎えた。今年は管総理以下閣僚17名が靖国には参拝せず、政権交代の意味を示した。


池上彰氏の戦争を考えるテレビを視た。この番組は如何に戦争はたやすくはじまり、逆に止めるのが如何に難しいのかを伝えている。またマスコミの責任も重大だと主張していた。例えば国際連盟の脱退を当時の新聞マスコミはもてはやして報道したそうだ。テレビ東京が自らマスコミの自戒を込めた番組を作ったことは評価できる。どこかのテレビ局は見習って貰いたいものだ。


そしてハルノートで最後通牒を受け取った日本は自制をなくしてアメリカと開戦する。結局、日本は確たる見通しのないなか泥沼にはまり、原爆投下という最悪の結末を迎えて終戦を迎える。


続いて世界の火薬庫ボスニアを舞台に番組が放送された。


戦火を生き延びた婦人のインタビューがあまりにも辛い内容であった。「希望はありません。死ねないだけです。息子の無念を抱えて生きるのが私の使命です。」と語った。この番組で戦争報道はその時だけ紹介するが実はまだ終わっていないと池上彰氏は表面的な報道姿勢を戒めた。


次に「玉砕」をテーマに番組が編集されていた。日本はミッドウェー開戦から戦局が後退した。ミッドウェーでは日本は散々に敗れていたのをマスコミは敵空母二隻撃沈と戦勝を大々的に報道した。その新聞の社名を良く見ると朝日新聞であった。


日本はこのミッドウェー以降次々と敗戦を重ねた。玉砕の島サイパンではバンザイクリフから身を投げる映像を提供した。サイパン陥落で、日本の絶対国防が守れなくなり、東条内閣は退陣した。アメリカは本土無差別爆撃が可能になったのである。日本はドイツ、イタリアが降伏し、たった一国で世界を相手にすることになる。


その後ポツダム宣言が出されるが日本は黙殺する。その結果広島、長崎に原爆の投下がなされた。


民間の戦争犠牲者は広島と長崎で20万人。満州で20万人。番組の最後で池上彰氏は「始まった戦争はおわらせることができない。あなたは何を学び取ったのか?」と締めくくった。


無能なリーダーに率いられた国民は不幸である。またテレビマスコミの責任も計り知れないくらい大きい。平和を勝ち取るには絶対に戦争を起こさない決意と平和を獲得する行動なくして実現できないと深く考えさせられた。





2010年8月6日金曜日

第65回広島原爆の日



初めて国連事務総長並びに核保有国のアメリカ大使、イギリス、フランスの両臨時大使が出席した。核なき世界への目標は人類の願いである。


そして今日は大学のクラブの後輩の合宿に参加させて頂きました。30年前の自分はどうであったのか。自身の生き方も問われた有意義な合宿での後輩との懇談会でした。日中友好とは後輩を自分以上の人材に育てること。ぶれないで自身の信念を貫いてまいりたい。





2009年8月15日土曜日

終戦記念日



第64回目の終戦記念日を迎えた。今日の平和と繁栄は多くの犠牲のうえに成り立っていることを深く自覚したい。今日のお昼は十条銀座にいきました。大変に暑い。お盆なのに都内では大変に賑わっている。





2009年8月7日金曜日

広島原爆の日



朝、蒸し暑くて4時に目が覚めた。そのまま眠れなくて久しぶりにラジオ体操に参加したあと、気持ちの良い二度寝をして快調だった。64回目の広島原爆の日を迎えた。政府は原爆症認定の集団訴訟に対して救済策に署名した。大きな前進であるが、訴訟に加わってない方や認定申請中の方への対応が課題だ。また基金設立の問題や議員立法の中身については選挙後の政権と議会による。今日からまたお盆期間特例の高速道路千円に割引が始まる。自分は車に乗らないので、特に恩恵はない。今日は大阪の母親から「やずやの黒酢」、家内へ「命の母」他、魚を食べるようにと「魚の缶詰め」を送ってくれた。いつまでも家族の健康を気遣ってくれる親の思いに大感謝です。